内観法について

「内観」とは、吉本伊信氏(1916年〜1988年)が創始した日本で生まれた自己探求法です。自分を知るため、見つめるために、自分の周囲の人たち、親、配偶者、こども、職場やその他で関わる人々との関係を
・してもらったこと
・して返したこと
・迷惑をかけたこと
この三つの視点から回想するものです。

とてもシンプルで、シンプルだからこそ使い勝手が良く、健康な人々にとっては自己探求法として発展し、心身症などの病気から、家庭不和、アルコール依存や薬物依存、こどもの不登校などに至るまで、様々な生き辛さを抱える人々の支えとなり、医療の現場でも心理療法として実施されるようになってきました。

大切なことは「わたしが、わたしの人生を作っている」ということ。病気であれば治療の主人公はわたしであり、何か人間関係のトラブルを抱えているとすれば、その相手が問題なのではなく、問題を問題と捉えているのは自分であり、それを解決できるのも自分であるということを知ることです。

これは言葉で諭されても、心には響きません。内観を通して「自ら気づく」「自分で発見する」ことで、あなたの人生の見方を大きく変容させる力となるのです。


内観について分かりやすくまとめようと努力してみたのですが、何度も書き直して、そして、どうもその深い部分をお伝えすることが難しいと感じたので、ここに、内観創始者である吉本伊信氏の著書「内観への招待」の文章を載せさせていただきます。

【内観への招待 吉本伊信著】から引用
(p3〜p5)

●はじめに
内観のすすめ

 「内観」とは字に書いてあるごとく「内を観る」ということでありまして、それは「己を知る」近道なのであります。「内を観る」というと宗教臭い感じがするというので抵抗のある人は、「自己観察法」とか「自己洞察法」といっていただいて結構です。
 その方法はと申しますと部屋の四隅に屏風を直角に立てまして、その三尺四方が一人ひとりの城となります。内観者はその中に坐り、こころの内側を調べていくわけです。
 面接者が、一時間か二時間に一度お伺いします。部屋の隅に立ててある屏風を開けて、「この時間は誰に対する、いつの自分をお調べ下さいましたか」と、尋ねさせてもらっています。だいたい、お母さんに対する自分を調べるというのが、一番初めにしていただくことでありまして、小学校低学年、次は高学年、さらに、中学生時代、高校生時代というように、三年間ずつぐらいを一区切りとして、お母さんから自分が「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」の三点を調べてもらっています。
 こうしたことを日曜日の午後一時から始め、次の日曜日の朝までの一週間続けるという方法で、毎週二十人から三十人、多い時にはそれ以上の方が内観にみえます。こうしたことを四十六年にわたってやっているわけです。
 では、どのような人が内観にみえるかといいますと、それは千差万別です。精神修養として、健康な人が自己の向上を目的に来られるケースや、会社の研修で来られる人もあります。さまざまな人生上の悩みーー職場の人間関係、家庭内の嫁姑関係。親子関係などーーで、あるいは非行やアルコール中毒、心身症に悩んでおられる方も少なくありません。老若男女、ありとあらゆる職業の人がみえます。

ーー中略ーー

 そういう人たちが、一週間内観してくださることによって、間脳といいますか、脳の中の”奥の院”に作用し、魂の底から目覚めてくると、心のすみかの大転換がはかられるのです。

ーー中略ーー

 内観というのは、このように、親が私を大きくするのに、どれほど深い愛情をかけ、どれほど苦しんで下さったかということを、身をもって体験することであります。その体験が自分を変革し、さまざまな幸福をもたらすことは、多数の内観者が実証しているところであります。

(引用ここまで)






いかがでしょう。ご自分と向き合いたいと感じましたか?自分の内側に向かっていくということはとても苦しい作業です。それでも、今がその時期だ。自分にはその作業が必要だと感じる方は、どうぞご連絡ください。

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榎並摂子まで